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百合物件

ことのはの巫女とことだまの魔女と

ことのはの巫女とことだまの魔女と (IDコミックス 百合姫コミックス)ことのはの巫女とことだまの魔女と (IDコミックス 百合姫コミックス)
(2006/07/14)
藤枝 雅

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 同人を長年やっていたという筋金入りの絵描きさんのようです。かなり昔のファンロード等で最も見られた画風ですね。線がとても細く、綺麗です。こういった絵は、これに特化して描いていないと絶対にだせない繊細さを持っていると思います。コマも少女漫画で見られたような使い方をされるので、そういったジャンルが好きな方はすんなりと入っていけるでしょう。

 ストーリーは、とにかく「王道」のど真ん中です。これ以上ないくらい王道です。そして「古典」でもあります。
 幸せになる為の一本道をひたすら全速力で駆け抜けていく感じです。
 キャラクター。台詞。それらにも全く捻りはありません。

 実は、こういった王道ストーリーというのは、脚本の世界では非常に重要視され尊重されています。
 ハリウッドの脚本マニュアルでは王道の大切さがいかに重要か、かなりのスペースを割いて示されているほどです。

 王道、ワンパターンを使用する理由は沢山あります。
 ハリウッドでは映画が「産業」として肥大化しすぎてしまったので、資金回収の為に安全パイを使わなければいけないという切実な事情も確かに存在はするのですが・・・。
 しかし、理由はそれだけではありません。

 王道は、人の心に届くからです。

 それを受け取って感動すれば幼稚であるとか、ダークで悲惨な映画のほうが真に迫っている、等の議論はここでは必要ありません。王道だけを求める姿が、ハリウッドの映画だとすれば、それを唾棄し忌み嫌う人がいるのも当然です。
 力を持った組合の中での正義は、芸術ではなく収入という成績でしかないのですから。

 しかし、ここで問題になってくるのは「使い方」であると思っています。
 ご存知の方も多いかと思われますが「涼宮ハルヒの憂鬱」原作第一巻は、テクスチャーと語り口に時代性を持たせてはいますが、これ以上ないくらい王道の大団円を向かえます。

 結局は、既に幾多の物語で使用されている王道の筋書きに、とりまく環境がどれだけスパイスを与えられるか? にかかっているということなのです。

 「ことのはの巫女とことだまの魔女と」という物語には、王道の持つ美しさと、ちょっとだけの調味料が効いています。そして、旧体系の画風からは、どことなく余裕すら感じますね。
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