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その他

からくりサーカス 魂の燃焼、その先へ・・・。

 ※この作品は「百合」とは何の関係もありません。



 藤田和日郎氏の「からくりサーカス」は1997年~2006年の作品です。単行本は全43巻で完結。
 大人気だった「うしおととら」連載後の発表でしたが、期待に応える素晴らしい内容でした。
 週刊少年漫画雑誌にて良作を連続させることは非常に困難なことではありますが、藤田氏は見事に成し遂げたと言えるでしょう。

 この作品は、用語やガジェットが多く、ストーリーも凝った展開を見せますが、テクスチャーを剥ぐと単純明快だったりします。
 すなわち「少年が成長し、巨悪と戦い、女性を守る」というものです。おそらく、少年漫画という枠内における作者の集大成だったのでしょう。
 元々、暗い感じの短編を書かれていた方ですが、それすら盛り込みつつ「生きる」という部分を、魂の燃焼にまで昇華させています。


 「しろがねOは睡眠など必要ない・・・私はまだまだ起きていたいんだ・・・」 ジョージ・ラローシュ


 読んでいて最も力が入るのは、やはり「登場人物の死に様」ではないでしょうか。

 かの「太陽にほえろ!」というドラマでは「殉職」が大きな山場になっていました。
 俳優の「こうやって死にたい」という望みが、脚本家や番組スタッフに取り入れられていたのだそうです。

 Wikipediaによると、萩原健一さんと松田優作さんは全く違ったアプローチをとったようです。
 萩原さんは雄雄しく散っていく様を考え、一方の松田さんは死にたくないという生への渇望を演じたとのこと。
 死をどのようにむかえるのかによって、人間性を表現しようとしたのですね。つまり、死に様で人となりが、全てわかってしまうということでしょうか・・・。

 からくりサーカスでは、様々なキャラクターに死が用意されていますが、共通しているのは「魂を燃焼させるほどの戦いを見せた」という部分かもしれません。

 今ある生に対して言い訳をせず、ひたすら前に向かって進んでいく。それも待ったなしで・・・。
 個人個人の主義主張はありますが、自らの美学のようなものを守り、壊さない為に進み続けているような描写が非常に多かったですね。


 「今、人間達は命をかけて自分の舞台を踏んでいるのさ」 ギイ・クリストフ・レッシュ


 劇中に様々なキャラクターがお亡くなりにっていきますが、その中で基本的なルールが一つだけあるような気がしました。
 それは「悪事を行ったものが死ぬ」ということです。
 過去に人を傷つけたことのあるもの、悪事を行ったもの。それらが最終的に自分の命で清算させられていたのかもしれません。

 パンタローネ、アルレッキーノ、コロンビーヌは当然なのかもしれません。後はヴィルマ、アシハナの二人は元殺し屋なのでこれも仕方がないですね。
 ギイは・・・。彼の過去まで知っている読者としては、これも納得なのかも・・・。

 他の人を踏みつけにして幸せを求めてはいけない、というメッセージがありましたが、キャラクターの死はこれと密接な関係にあったのでしょうね。


 「さて何を書こうか、考えているうちに・・・、たっぷりあったはずの時間は過ぎていく・・・」 ルシール・ベルヌイユ


 生は短い。
 その中で「魂の燃焼」を可能にさせられるものは、人によって違います。

 人は人生の中で見せ付けられる出会いや別れ、喜び悲しみを敏感に受け取ります。誰もがそれを毎日繰り返しています。
 それを避けて生きることは出来ません。不可能です。
 死を意識した人ならば、なお更でしょう。

 そんな死を意識した毎日の中で、いつかきっと何かを捜し求められる。
 心の中にある、言葉では表現できない得体の知れない何かを説明し、表現できる。
 と、信じて毎日を生きている人がいたりします。

 藤田和日郎氏は「魂の燃焼」を可能にさせられるものを見つけ、実践している人なのだろうと思いました。
 それは、長い時間を投資し身につけた、尊い技術によってもたらされるのです。

 まるでサーカスの芸人のように・・・。




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藤田 和日郎

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 ※百合要素はですね・・・。ありません。ごめんなさい。ヴィルマさんが唯一バイセクシャルっぽいというだけです。
  ちなみに、この作者さんの書かれる女の子ってやたらとウェストが細く表現されていたりします。
  タランダ・リーゼロッテ・橘さんがかわいくて好きでした。

その他

ぼくたま

 あなたの読んでいた花ゆめコミックスは何になるのでしょうか?
 本誌が創刊された1974年は、ベトナム戦争が佳境を迎えようとしていた時期です。長い歴史を持つ花ゆめですから、年代によって思いいれのある作品はかなり違うと思います。

 おそらく、殆どの方はガラスの仮面(未完)だと答えるのかもしれません。
 スケバン刑事、パタリロ(未完)という傑作もありますし、花ざかりの君たちへ、フルーツバスケットや、最近ではLaLaの夏目友人帳等が大人気ですね。

 私にとって最も印象深い作品は「ぼくの地球を守って」になります。これは87年から94年にかけて連載された作品になります。当然、携帯電話、インターネットが一般的ではなかった時代です。
 その頃は雑誌の投稿や、同人誌ファンジンによってコミュが形成されていました。今思えば、他作品に比べて濃い内容だった気がしないでもありません。
 内容的に、前世というオカルトっぽい事象を主軸にしていたので、それっぽいマニアの方がいたのかも?
 作者自身が、そういった宗教的な側面ばかりを抽出するファンの方に、否定の見解を示したというのは仕方がないことだったのだろうと思われます。

 私は、この作品のオカルト的な要素を殆ど気にしていませんでした。子供だったということもあり、輪廻転生等のネタを出されても深い部分まで理解できていなかったのでしょうね。
 どちらかというと、SFの要素を強く感じていたと思います。
 銀河鉄道999や、ヤマト、ガンダム等が夕方に繰り返し再放送されていた時代なので、そちらの面からのインプットのほうが強かったのでしょう。

 SF自体は、出発点が1800年代前半と桁違いの歴史を持っているので、既に幾多のトレンドを生み何度となく収束を繰り返していたジャンルです。

 1980年代の日本では丁度SF第三世代が活躍し始めた頃です。(海外の言い方だと、サイバーパンク時代とかになるのかも)
 既に古典が形成され、あらかたのネタは出尽くした感すらあり、議論されるのはディテールばかりでマニアックなジャンルというイメージが強くなる一方でした。とはいえ、インターネットだとか軍事の世界だとか、何らかの技術革新が起こる度に他のジャンルと融合され、いまだに新たなトレンドを生み出しています。
 閉塞するということが、あまりないジャンルなのかもしれませんね。

 当時「ぼくの地球を守って」は、近未来SF漫画と言われていましたが、これを読んでいて、私のようにSF的な捉え方をしていた方って実は少ないのではないでしょうか。結局は恋愛、ラブストーリーですから。そもそも少女漫画という媒体で発表されていますし。
 ただ、作者がヤマト等当時流行していた作品を好んでいたということですから、なんらかの形で影響が出ているのは間違いないと思います。

 いろいろ調べてみると、当時のSFの世界では「ヤマト、ガンダム」というのは、非常に本流から離れた、アウトサイダー的な作品だったようです。王道のSFを愛する人からすれば、認めることのできないものということですね。
 ガンダム等が本流とも言える2012年の今となっては、全く不毛な議論でしかない感じはしますが・・・。

 そういったアウトサイダー的なSFから、さらに少しばかりの影響が出るというのは、今で言うジャンルミックスみたいなものなのかもしれませんね。

 多数登場するサイコキネシスト。
 アポカリプティック・フィクション的に進む異星人側の文明。
 ユートピア、ディストピアを対比で強く見せる木蓮、紫苑。
 キーワードを主軸とする初歩的なサイバー要素。

 SF要素だけでなく、シェイクスピア的で古典的な恋愛。環境問題。輪廻転生という宗教オカルト要素。学園ストーリー。ボーイズラブな要素もあります。まさにごった煮ですね。
 そういえば、長門有希さんが大好きな「ハイペリオン」という、ごった煮の頂点のようなSF小説が発表されたのも、この時期です。

 過去現在の場面を行き来する等、凝ったプロットを見せる作品なので、うまくまとめた作者の力量には脱帽するしかありません。

 この作品は後に与えた影響って、実は結構大きかったりするのかな? なんて思ったりします。



 ※百合的要素はほぼありません・・・。申し訳ありません・・・。繻子蘭→槐くらいかも・・・。
 とはいえ、繻子蘭の槐に対する思い入れっていうのは、普通じゃないよねって思ったりします。


 
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 ちなみに、現在は別冊で「ボクを包む月の光」が連載されています。

 花とゆめは安定的に良い作品が生まれ続けている印象があります。
 時間があれば夏目友人帳について書いてみたいなぁなんて思ったりしますね。

その他

微妙に考えた。

 崖の上のポニョという映画があります。皆様既に観覧済みであると思います。

 この映画の感想で意外に多いのが「母親であるリサの運転が危険すぎる」というものです。
 あれは、たしかに危険極まりない運転だとは思います。子供を乗せている時にする行為ではないでしょう。いえ、たとえ子供が乗っていなくとも、していい範囲を超えています。

 まったくなんて酷い運転だ、他人を傷つけたら責任をとれるのか! と言われても仕方がない見せ方であったことは間違いないでしょう。
 私も、当時は「そういえばそうよね~、あれは危険だよね~」なんて言っていた気がします。私は、普段から運転をしている人間なので、そう突っ込まれた時に、その意見はもっともだと思えたのでしょう。

 で、最近になって同監督の「カリオストロの城」を久しぶりに見たのですが「やっぱり冒頭のカーチェイスはいいよね~」なんて言っている自分がいました。

 そこで、ハっとして微妙に考え込んでしまったのです。

 ルパンはいいけど、リサは何故ダメだったのか・・・?

 ルパンさんも非常に危険な運転をしていました。というか、危険というレベルをはるかに超えています。壁を登りますし・・・。殆ど暴走です。
 けれども「そんなのルパンだったら当然だし、彼なら何をやっても許されるでしょ」なんて感じしかしません。
 だってアニメの中での出来事だし、ルパンさんは実在してないですし、アクションの話なんだし・・・。と、誰もが思うでしょう。

 でも、よくよく考えたらポニョもアニメだし、人面魚というか人魚みたいなものが出る話だし、あまつさえ魔法を使うし、グランマンマーレさんは神様みたいだし、どう考えてもファンタジーの世界なのだから、車でカっとばしても良さそうなものだと思いませんか?

 この差はどこからきているのでしょうか?
 ひょっとして、キャラクターの浸透度の差なのかもしれませんね。ルパンさんは積み上げてきたものが違いすぎますから。
 何十年にもわたり不可能を可能にしてきたわけなので、彼なら運転をミスすることはありえないという安心感が沸きます。
 また、あのシーンでは、女の子を助ける為だったという大義名分もあります。
 一方リサさんの場合は、単に無謀の一言で片付けられてしまいました。だって彼女は「運転の達人というようなキャラクターではない」のですから。
 イメージ的には「ちょっと慣れた素人」程度でしか受け取れません。
 ひょっとすると「母親」というキャラが行う危険行為に、深層心理で拒絶している可能性もあります。
 この差は大きすぎます。

 監督は、このような感想が出ることを全く考えてはいなかったと思います。
 ポニョという存在も劇中で「金魚」という単語で説明されたりもしますが、ハッキリいって深い部分まで設定していなかったのではないでしょうか。
 親子は途中で死んでいたとか、何か深い意味があると考えるだけ無駄な気がしてなりません。

 ナウシカ時代の監督は、銃の動作原理や弾丸の軌跡まで細かに設定していましたが、近年の作品では、そういった細かな設定を全て捨てている気がします。
 物理的現象の考察や、映像美としての見せ方だけを残し、細かな裏設定で見せるオタク的要素を排除しているともいえます。
 オタクという存在を嫌うあまり、憎しみまで持つに至った弊害かもしれませんね。

 ただ、それが故に「共感」をも捨て去ってしまっているのではないでしょうか。だからルパンに共感できてもリサにそれを感じる人が減ったのかもしれません。

 とはいえ「子供向け」という言葉の前では、全ての考えが成り立たないとも言えますが。
 だって「そんな突っ込みするほうがおかしい」で終わりますもの。



  ルパン三世 炎のたからもの
 フィアットで一路カリオストロ公国へ・・・。その道中で彼らに笑顔はありません。結局は、闇の世界に生きる住人、それがルパンなのかもしれません。
 どれだけ幸せを求めても、凍てつく茨の道を歩くしかないのです。どんなに誰かに理解してほしいと願ったとしても・・・。

その他

Alice: Madness Returns

 唐突にゲームの記事でも。
 Alice: Madness Returnsというタイトルでアメリカのメーカーで製作されたものです。といってもゲーム内容や説明等は端折ります・・・。
 雰囲気は、以下の動画をご覧くださいませ。





 このゲームで気になったこと、それはアメリカ人男性が抱く「独自の萌え」というものが、ここにあるのかもしれないという部分です。
内容が、かなりのグロ、ホラーをシュールに描いているので、あまり「萌え」とは関係なさそうなのですが・・・。

 日本のパターンでわかりやすく言うと、男性諸氏がエロスと共に抱くであろう「萌える服装」というのは、おそらく「セーラー服」であったり「ブルーマー」であったりするはずです。
 これは「萌え」というよりも、単純に服装に関するエロスなのかもしれませんが。

 とにかくアメリカ人男性がエロスを感じる服装というものが、ここにあるのではないか? と、そういうわけです。

 一般的に、アメリカ人男性に人気のある服装として想像するのは「チアガール」の服装ではないでしょうか?
 実際に、アメリカのイメージクラブでチアガールの格好が大人気だということなので、これは間違いないのでしょう。

 これは伝統的にアメリカンフットボールが大変人気があり、一部の体力知力の優れた人間しかできない競技だということが関係しているのでしょう。

 やはりというか、スクールカーストというものが存在するそうで、アメフトをやっている人はそのトップに位置するのだとか。
 ですので、それを応援するチアガールの方々が密接に関わってくることは当然かもしれません。
 所謂、昔のアメリカ青春ドラマのような「学校で一番のハンサムガイ」が「学校で一番の美人チアガール」とつきあう・・・。といったようなパターンですね。
 そこには、わかりやすい成功者としてのビジョンがあり、アメリカ人の抱く「リア充」というものが全て当てはまるのでしょう。

 さてさて、今回私が疑問に思ったアメリカ人の「萌え」の一つ・・・。
 それは「エプロンドレス」ではないでしょうか。

 メイドさんの着ているタイプのものではなく、今回の紹介させていただいた「不思議の国のアリス」が着ているエプロンドレスです。
 アリスといって思い浮かぶのは、水色のワンピースに白い飾り気のないエプロンだと思います。
 あの格好限定で萌えが存在しているのではないか? そんなことを考えてしまいました。



alice.jpg

 一般的に想像されるであろうアリスさんの姿。
 ディズニー映画もこの姿ですし、そもそもオリジナルの挿絵もこのような姿だったようです。
 ポイントは水色のワンピースに白いエプロンをしているということですね。



 今回、いろいろとグーグルで調べてみましたが、出るわ出るわ・・・。当然のようにエロスのものから、フェチ、倒錯的なものまで様々な分野でアリスのエプロンドレスを拝んでしまいました。
 翻訳するのも面倒なので、おおよその感覚でいうと、そこにはやはり「ロリータコンプレックス」的なものが多かったかもしれません。

 単にキャラ萌えというだけであって、服装に萌えているわけではないのではないかという疑問もあったのですが、様々なバリエーションの商品や、多岐に細分化されたコスプレを見ていると、やはり服装そのものに注目が行っていることも事実のようです。

 理由は様々あるのではないでしょうか。

 とりあえず、あまりにも影響力が大きいから、というのは確実でしょう。
 「不思議の国のアリス」は、聖書並みに発行されたということなので、知らない人間が殆どいないとなれば、ネタにされる頻度も多いのは当然ですよね。

 また作者のルイス・キャロルが長らくロリータコンプレックスで語られることが多かった人物の為に、性的な方向で見られることが多かったのかも。
 最近の研究では、それほど倒錯したロリコンではなかったということではありますが・・・。

 なんにしても、アリスのオリジナルは1865年に発表されていますので、これがアメリカの伝統的な萌えなのかもしれませんね。

 そこから発展して例のエプロンドレスが萌えの対象になっているのではないでしょうか。
 ゲームAlice Madness Returnsに出てくるアリスは、病的な顔をしていますが、所謂「アヴリル・ラヴィーン」さんのようなメイクといえなくもありません。

 ドレスは全て、ゴシックパンクとでもいえそうな改変をされていますが、細いウェストに不釣合いなバスト、非常に丹念に美しさが強調されているストレートの髪。
 なるほど、アメリカ人男性がこれに何かを感じる可能性はあるのかもしれないですね。

 ゲームとしての役割もあるでのでしょうが、十分に性的な描かれ方をしているのではないかと思いました。

 
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 ↑これが18禁なのは、グロテスクで過激な殺傷表現からきているようです。
 百合と全く関係ない記事ですみません><

その他

星守る犬 恐竜大紀行

 ※この作品は「百合」とは何の関係もありません。

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 両作品ともに古めです。購入するにあたり、かなり迷いました。

 正直に言ってしまうと、私にとって「星守る犬」のような作品は苦手な部類に入ります。穿って見てしまうというわけではないのですが・・・。
 ちなみに前評判どおりしっかりと泣かせていただきました。が、少なくとも心温まる涙ではなかったと思います。
 これは、おとうさんが「死期を悟った時期」をどことするかで、感想は全く違ってくるのではないかと。ペットをあの世に連れていけないといのは、多くの人が現実の問題として抱えていることですしね。

 恐竜大紀行のほうは、あちらこちらで絶賛されているとおりの内容でした。
 作家さん側、担当編集さん側が追い求めた「普遍性」は、確実に今も生きていると思います。あまりにも一般向けではない内容を、少年ジャンプという雑誌で発表したことに、驚きを禁じ得ないですね。

 私事で大変恐縮なのですが、最近病気を患って手術とやらをしてしまった後だったので、健康な時であれば考えもしなかったであろうことを、読後に沢山感じた気がします。

 不思議なもので、病床にいる時は窓の外に見える雲や、グラスの水滴を見ただけでも美しいと感じていました。
 特に、夕日や朝日はあまりにも遠大で、それが生命そのものであり、スピリチュアルなものとして目に映っているほどでした。
 その時、上手くいって退院できれば、今後の人生はずっと幸せに違いないと確信しました。そして一日も無駄にせずに、生きていこうと考えたりしたものです。

 ところが、いざ退院してみると・・・。すっかり全てが元に戻ってしまったようです。
 空を流れる雲は相変わらず美しいですが「あの時」とは決定的に見え方が違う気がして仕方がありません。
 一日も無駄にせずに、一生懸命生きていこうと決めたはずが、実行しているとも思えず・・・。

 ただ、この両作品は「あの時」の思いを一瞬蘇らせてくれたような気がします。
 あくまで一瞬ですが。
 人間て意外と便利なのかなぁと思ったり・・・。

 とりあえず、あとで、しっかりと感想を書き直したいなぁと思ったりしてます。
プロフィール

すみれ

Author:すみれ
 百合漫画、百合要素のあるものを紹介するブログ。それ以外のものも若干あります。

 評論、レビューではありません。とりとめのない話です。

 アフィリエイト等のクリック数を稼ごうとするサイトではありません。

 あくまで個人的な感想であり、他に異を唱えるものではありません。

 紹介作品は新旧まざっています。探したい作品があれば「全ての記事を表示する」を使ってください。

 ものによっては大幅なネタバレがあります。

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